── 現代ストーリー構造の原点を深掘りする
はじめに|“この話、どこかで見た”の正体
私たちは映画やドラマを観ながら、ふとした瞬間にこう思うことがあります。
「この展開、どこかで見たような…?」
意外なことに、そうした“既視感”の多くは、400年以上も前に活躍した一人の劇作家──
ウィリアム・シェイクスピアの作品構造に通じているのです。
恋に落ちてはいけない二人の悲劇。
嫉妬と裏切りで破滅へと転がる主人公。
大切な人の死をきっかけに始まる復讐劇。
そう、私たちが「王道展開」と呼ぶ物語の多くは、すでに16世紀に描かれていました。
本記事では、「なぜ“すべての物語はシェイクスピアにある”と語られるのか?」という問いをもとに、現代ストーリーの骨格を紐解いていきます。
シェイクスピアが描いた“物語の原型”とは?
シェイクスピアが活躍したのは、今から約400年前のイギリス・エリザベス朝時代。
彼の手がけた戯曲は約37作、ジャンルは悲劇・喜劇・歴史劇に分類されます。
その中でも、以下のような代表作が「原型」として現代に受け継がれています。
作品名 | 現代でよく見るテーマ |
---|---|
ロミオとジュリエット | 禁断の恋・悲恋・家族の対立 |
ハムレット | 復讐・狂気・哲学的葛藤 |
マクベス | 野心・予言・転落劇 |
リア王 | 親子関係・裏切り・老い |
オセロー | 嫉妬・策略・悲劇 |
これらは、ジャンルを問わず現代作品の根幹に影響を与え続けています。
「欲望、嫉妬、愛、裏切り、死」
── 人間の感情の原型は、すでに16世紀に描かれ尽くしていたのです。
7つのプロットパターンとシェイクスピアの一致
ストーリー研究者クリストファー・ブッカーは、著書『物語のパターン』で「人類の物語はたった7つに分類できる」と述べています。
その7つとは以下のとおりです:
- 怪物退治(Overcoming the Monster)
- ゼロからの成り上がり(Rags to Riches)
- 探索の旅(The Quest)
- 冒険と帰還(Voyage and Return)
- コメディ(Comedy)
- 悲劇(Tragedy)
- 再生(Rebirth)
ここで驚くのは、シェイクスピアの作品がこの全てに当てはまること。
プロットタイプ | シェイクスピア作品の例 |
---|---|
怪物退治 | 『マクベス』(内なる魔物=野心と戦う) |
成り上がり | 『テンペスト』『ジュリアス・シーザー』 |
探索の旅 | 『ペリクリーズ』『二人の貴公子』 |
冒険と帰還 | 『冬物語』 |
コメディ | 『夏の夜の夢』『十二夜』 |
悲劇 | 『オセロー』『リア王』『ハムレット』 |
再生 | 『シンベリン』『冬物語』 |
シェイクスピアの凄さは、“人間の物語を7分類すべて網羅していた”ことにあります。
ハリウッド脚本術と“王道構造”の源流
現代映画の多くは、いわゆる「三幕構成」に基づいています。
- 導入(出会い、課題の提示)
- 展開(試練、障害、感情の揺れ)
- 解決(クライマックス、成長、回収)
この構造もまた、シェイクスピアの戯曲に通じるものがあります。
たとえば『ハムレット』では、
- 第1幕:父の死と王位継承問題の提示
- 第2幕:復讐への葛藤と計画
- 第3幕:悲劇的なクライマックスと死による解決
現代ハリウッド脚本における「ヒーローズ・ジャーニー」や「ビートシート」と呼ばれる構造も、すでに彼の作品に下地があるのです。
なぜ“結末が分かっていても”面白いのか?
人は“予測できる展開”に飽きるどころか、むしろ安心感を抱きます。
心理学者ポール・ザックによると、
「物語とは、感情を安全に体験するためのシミュレーションである」
と言われています。
- 安心して感情移入できる
- 先が読めても、登場人物に感情を乗せられる
- 結末までの“揺らぎ”が心を掴む
つまり、構造そのものが“感情体験のフレーム”として機能しているのです。
AIが物語をつくれる時代、それでも“原型”は超えられない?
2024年現在、ChatGPTやClaude、GeminiといったAIによる「ストーリー生成」が話題になっています。
ブログ、映画脚本、ゲームシナリオまでAIが“書ける”時代。
では、そのAIは何をベースに物語を構成しているのでしょうか?
答えはシンプルです。
人類がこれまでに語ってきた「典型構造(プロット)」です。
LLM(大規模言語モデル)は、過去のストーリーパターンを学習し、そこから“平均的に読まれる”物語を生成します。
つまりAIは、最も評価され、繰り返されてきたストーリー構造──
すなわち「原型的物語(アーキタイプ)」を模倣しているのです。
それは、まさにシェイクスピアが体系化していた構造そのものとも言えます。
AIが物語を語る時、それは“シェイクスピアの遺伝子”を辿っているのです。
「新しい物語」とは、“古い型”を知った者が生むもの
現代のクリエイターや脚本家、作家は、新しいストーリーを求めて試行錯誤しています。
しかし、革新は必ず“型”の上に生まれるというのがストーリーテリングの鉄則です。
よく「型破り」と言いますが、それは「型」を知らなければできません。
シェイクスピアの物語を知ることは、
- 感情の動かし方
- 観客の心をつかむタイミング
- キャラクターの葛藤と成長
といった、“物語の核”を手に入れることに等しいのです。
実際、ディズニーもピクサーもマーベルも、脚本術の根幹に“原型”があります。
現代に必要なのは、“古典をなぞること”ではなく、“古典の構造を理解した上で再構築する力”なのです。
まとめ|だからこそ、すべての物語はシェイクスピアから始まる
映画、ドラマ、アニメ、小説、ゲーム──
ジャンルや時代が違っても、心を動かす物語には「ある共通点」があります。
- 明確な葛藤と欲望
- 感情の起伏と成長
- そして、失敗や死、再生を通じたカタルシス
それらすべてを、シェイクスピアはすでに描ききっていたのです。
「あらゆる人間の感情は、戯曲の中にある」
── これは伊達ではありません。
「なぜあのドラマに涙したのか」
「なぜあの映画は予測できたのに感動したのか」
その答えを知りたい人は、シェイクスピアを読み直すといいかもしれません。
現代ストーリーの“設計図”は、意外にも400年前の劇作家が描いた舞台の中にあったのです。
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